札幌北一条教会 
 
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今月のみことば
「霊による神の住まい」
エフェソの信徒への手紙 2章11-22節
牧師 堤 隆
6月5日 聖霊降臨日礼拝説教より
「教会の声」説教(2022年6月号)

  だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。従ってあなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。
 
                                 (日本聖書協会 新共同訳聖書)



 本日は聖霊降臨日です。しかし、単なる記念日のように過去の業績・記憶を呼び起こそうというのではありません。また過去の事がいつか自分たちにもと未来を夢見るのでもありません。過去に固執したり未来を夢想するのでは、聖霊降臨日を正しく迎えることはできません。24節に「キリストにおいて、霊の働きによって神の住まいとなるのです」とあります。聖霊のの働く「今」が語られています。聖霊降臨日の今日、今に働く神の力・聖霊を正しく受け取りたいと思います。
 2:11以下は聖霊の働きを語ります。その際に、「以前には〜そのころは〜しかし、今や」と時間経過を辿って「今」を強調しています。「以前には」異邦人=割礼の無い者は、神との契約に入っていなかったので、「そのころは」希望を持たず神を知らずに生きていた。即ち「以前は(神から)遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となった」(13節)。時間的に遠い昔と今ではなく、神から遠い者が、神に近い者とされた「今」のことです。キリストの十字架は、現に今のエフェソ教会でも起こっていると申します。即ち、今「キリストはわたしたちの平和」(14節)となっている。キリストの血がわたしたちを神に近い者としてくださって、平和を得ている。当時ユダヤ人と異邦人との間には尚「敵意という隔ての壁」がありました。「規則と戒律尽くめの律法」の壁。律法は神から民を引き離す偶像や異教から守るためのものでしたが、度重なる外国軍の侵略を受けるうちに、異邦人への敵意を表す道具にされました。その敵意の壁・律法をキリストの十字架の血が「取り壊し〜廃棄」しました。この十字架以降に生まれたエフェソ教会でしたが、それでもユダヤ人と異邦人の間に違和感・敵意を醸し出していました。そんな問題を抱えるエフェソ教会にキリストの血が働いたといいます。
 それなら、「今」のわたしたちの教会はどうか?偏見による人種差別は認めませんし、教会に来てもいい人といけない人とを分けるようなこともしません。露骨な「敵意の壁」は見当たりません。教会の中だけならそう答えることも出来ます。しかし、今も世間に蔓延る根強い差別排除にどれほど貢献しているかと問われますなら、やはり、ひるまざるをえません。弱者少数者を差別してはいけないと分かっていながら、この世の中で知らないうちに差別に加担しているかもしれません。経済格差、感染症による分断、侵略戦争と壁が立ちはだかっています。わたしたちの教会もエフェソ教会と同じように壁を抱えている。壁は敵意に限りません。聖書に登場する教会と今の教会の間に壁を設けてしまう。問題を抱えるエフェソ教会と自分たちの教会とは違うと思う。逆に、奇跡や癒しが盛んに行われたペンテコステの頃の教会に今の教会は足元にも及ばないと思う。これも壁を築いていることになります。問題ある教会・理想の教会と今の教会の間に壁を作って、神様の働きかけに強弱があると見る。遠い昔と今とでは、聖霊の働きかけが違うと考える。果たして、そうか?神さえ乗り越えられない壁があると思うから、今の世の壁も乗り越えられないものとしているのではないか?
 エフェソ書はキリストの血という既に起こったことが、今の教会に変わりなく働くことを強く訴えます。エフェソ教会から札幌北一条教会に至るまで神様は連綿と働き続けていてくださっている。北一条教会の逝去者の方々はこの神の教会の一員です。聖霊を受け続ける教会の証人です。では、キリストの十字架はどのようにして「今」働くのか?「一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができる」と申します。敵意によって対立していたエフェソ教会が御霊によって一つとされたのなら、同じ御霊が聖書の教会と今の教会を一つとしてくださる。一つとされた教会は「御父につかづく」、即ち礼拝において御霊の働きを受けることができると言います。
 教会は聖霊によって「聖なる民〜神の家族〜聖なる神殿」、即ち神の住まいとされる。教会に住んでくださる神様と親しい交わりを続けたいと思います。
 

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